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靖国の大神は泣いている [オピニオン Opinion]

 昨日(12/18)東京九段下の靖国神社を参拝しました。
 明治維新以降、支那事変、大東亜戦争などの国難に際して、ひたすら「国安かれ」の一念のもと国を守るために尊い生命を捧げられた246万6千余柱の方々の神霊が祀られてます。
今回久々に参拝しましたが、年配の方だけでなく若い世代の方の姿も目立ちました。

 地下鉄の九段下駅を下車して暫く歩くと日本武道館を左手に見て、靖国神社の境内に到着します。大村益次郎の銅像と大鳥居(第一鳥居)が見えます。
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【靖国神社大鳥居】
 大正10年(1921)、日本一の大鳥居として誕生しました。当時は「空を突くような大鳥居」と親しまれていましたが、長年の風雨で損傷がはげしく なり、一旦撤去されました。現在の第一鳥居は戦友たちの奉納により再建されたもので、高さは25mあります。
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【大村益次郎の銅像】
 近代日本陸軍の創設者で靖国神社の創建に尽力した大村益次郎の銅像です。
 日本最初の西洋式銅像です。
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【神門】
 中央の二つの扉には、直径1.5メートルの菊花の紋章が取り付けられています。
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【中門鳥居(手前)と拝殿(奥)】
 中門鳥居には埼玉県の檜が使用されています。
 通常は拝殿で参拝することになります。
 私は国土及び精神も荒廃しきった日本をどうか救ってほしい一念で参拝してきました。
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【パール博士顕彰碑】
 極東国際軍事裁判(通称 東京裁判)でインド代表判事を務め、裁判官の中でただ一人、被告団全員を無罪とする意見書を提出したラダ・ビノード・パール博士の功績を伝えるために建てられました。

 何度も靖国神社には参拝に訪れていますが、今回ほど情けない気持ちになったことはありませんでした。民主党政権が誕生して2年あまり経過しましたが、近隣の特定アジア諸国には右顧左眄して大事な国益を守るどころか溶解ばかりさせているからです。
 特に京都で開催された昨日の日韓首脳会談(このせいで伊丹空港の警備が厳しかったです)では、既に日韓基本条約の締結で解決済みであるはずの慰安婦問題が取り上げられました。それに対して野田首相は既に解決済みであるとの立場を崩しませんでしたが、それでも「これからも人道的見地から知恵を絞ろう」と応じました。
 この発言はその場しのぎに発した事でしょうが、韓国側からの不当な圧力に屈したもので我が国にとっては非常に国辱的なものです。将来に大きな禍根を残しました。
 日本大使館前に建てられた慰安婦の碑についても、「誠に残念だ」と早期撤去を求めるにとどめたということです。本来大使館の保護などを定めたウィーン条約第22条2項違反であり、下手をすれば宣戦布告に匹敵する行為なのです。法治国家でありながらこれを黙認した情痴国家の韓国政府に対して日本政府は今まで大使召還等の対抗処置や制裁をせず事実上の無為無策でありました。にもかかわらず通り一辺倒の事しか言えないなんてこれで日本の最高指導者として最低限の務めを果たしたといえるのでしょうか。
 そもそも慰安婦を日本の軍や官憲が強制連行した証拠は何一つありません。にもかかわらず平成5年、当時の宮沢喜一内閣の紅野傭兵官房長官は元韓国人慰安婦の“証言”だけで強制連行を認める虚構の談話を発表しました。
 自民党政権時代から続く日本の歴史を貶(おとし)める対韓外交姿勢が今も尾を引き、賤獄売国感冒長官等の民主党政権の相次ぐ融和的な外交が問題のさらなる悪化と紛糾を招いています。

 松下政経塾出身者発の宰相として期待が高かったのは事実です。しかし就任直後から党内融和にばかり気を取られ、肝心の国益を守るという仕事を結果的にしてきませんでした。
 首相の盟友の前原政調会長も人道的見地から解決を図るべきだと発言しています。首相同様オモニから献金をもらっただけの事があると後ろ指を指されても反論出来ないのではないでしょうか。
 党綱領を持たない民主党政権ですから、今では何でもありの状態となっており、もはや「学級崩壊」とも言われています。文民統制の本当の意味を分からない防衛大臣、勝手な融和外交で国益を失墜させた詐欺師首相の菅直人や賤獄売国感冒長官がその一例であり、枚挙に暇がない状態です。

 公を守る心のない、エゴありありの私心しか持っていない民主党政権を一刻も早く退陣に追い込んで国益を重視した人を選挙で選んで保守政権を樹立するしか日本再建はありません。靖国の大神をこれ以上泣かせないためにも。

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